昭和五十六年九月二十九日 朝の御理解
御理解第二十八節
「病人や代々難儀の続く人が神のおかげを受けるのは、井戸がえをするに、八、九分かえて、退屈してやめれば、掃除はできぬ、それで、やはり水は濁っておるようなもので、信心も途中でやめれば病気災難の根は切れぬ。井戸は清水になるまで、病気災難は根の切れるまで、一心に、まめで繁盛するよう元気な心で信心せよ。」
此の方の道は喜びに喜んで開けた道じゃから、喜びでは苦労はさせんと、教祖様は教えられたんですね。今日は、教祖様の御誕生のお日柄にあたります。いわゆる生誕祭を行なわせて頂きますが、合楽教会では、まあ恒例になりましたが、敬親会の方達を中心に敬親会に参加してない、敬親会というのは七十才以上の老人方の信心研修なんです。
ですが今日は、この信奉者にかかわりのあるお年寄りの、普通日頃は信心でけなくても、そういう方達が今年は、まあ年々増えておりますが、今年は百どれだけかあるそうですが、その始まりというのは、教祖様の生誕をお祝い申し上げるという事。お祝い申し上げるという事は、お誕生おめでとうございますという事だけではなくて、結局喜んで頂くという事なのだから、教祖様に喜んで頂く一つの手立て、手立てというか、喜んで頂く事に違いはないと、まあ確信するところから、とりわけ御教えにも年寄を大切にせよと仰せられる御教えがございますから、年寄りを今日に限った事じゃないけれども、大切に、まあ少しでも喜んでもらいたいというので婦人会の皆さんが、いろいろお弁当を作られたり、又皆さん景品なんかもいろいろ持ち寄ったり、又合楽にあるお下がりをお下げして、まあ福引をして頂いたり、要はどういう事かというと、お年寄りが喜んで下さるようにと願う事は、そのまま言うならば教祖の神様が喜んで下さる事だというので、始まったのが合楽の教祖生誕祭です。喜びで開けた道じゃからとね。
だから喜ぼうとしてもなかなか喜べんのですけれども、ね、不思議にね、私が喜べる為ではなくて、人が喜ぶ事の為に、まあ今日の、あれで言うならば教祖様が喜んで頂く事の為に、又はお年寄りの方達が喜んで頂く事の為にという思いをね。そこに一心を以て、それがなされる時に、不思議なんですね、人に喜びを与えるという事は、喜びがそのまま照り返ってくるんです。喜びというのは返ってくるんです。そこに喜ぼうと思うてした事でもないのに、こちらが喜べる。只、自分が喜びたい喜びたいというて、そのどうしたら喜べるだろうかというのではなくて、もう兎に角人が喜んで下さるね。
いわゆる合楽理念に基づくと、お商売をするなら兎に角お客さんが喜ぶ、只売らんかの為に大安売りをするとか、親切をするとかと言うのは、こりゃちょっとおかしい。もう兎に角お客さんが喜んで下さりすりゃあよいと言うことろに、先日の山本さんの所の話じゃないけれども、お客さんからお礼があるというような働きになってくる。そこにね、本当に信心させて頂く者の喜び合楽理念に基づいての生活がこんなにも有難いもんだという事になってくるんです。
喜びひとつ、そりゃまあ喜び上手というのがありまして、どんな場合であっても有難い有難いとまあ言うて、けども心からそれが有難いというものでなからなきゃならないという、その喜びは、私は自分で作る。作るというか自分で喜ぼうとして喜べるものではない。ね、むしろ人を喜ばせるね、そこにその喜びが照り返ってくる程しの、私は思いというか、真心というものがこめられなきゃならないと思うんです。ね。
こりゃもう何十年前の、私が、秋永先生所へ、こちら馬渡(まわたり)にある時分ですから、お話に行っておった時分の話です。まあ一晩泊りで、こちらへお話に来てました。馬渡ですね。そして朝帰らせて頂くわけですけれども、丁度あそこには唐島ですかね、唐島のバス停留所にまいっとり、で、バスを待っとりましたら、あちらの牧の方から歩いて三、四人の方がお婆さんを中心にして、やっぱりあのうバスに乗る為に吉井行きの方に乗られるのでした。
そして、何気なしその方達の様子を見たり聞いたりしとりましたら、そのお婆さんが、あの娘さんが、あのうあるきに来ておられたわけですね。それで、その娘さんと孫娘さんとを送って、まあ牧あたりの方でしょう。あのう唐島まで送って来ておられた。で、この位ばっかりのほうれん草を一束こうお土産に持って来て、ことづけよんなさったじゃろうと思うです。そして、おもむろにその娘さんと孫娘さんにね、もう財布の中から幾重にも幾重にも包んだお金を出してね、少しばっかりばってん小遣いに上げようと言うてから、こう上げておられました。
そしたら、その娘さんやら孫娘さんが言われます事が、「婆しゃんじゃろか、こげなお金ば今どき、どげんして使うのち。まああんたがちゃんとなえちから持っとかんの」ち言うちから、又包んでから懐の中に入れてやっておられました。ね、そしたら、その婆しゃまが腹かいてから、「折角人がやろうと思いよりゃ」ち言うわけなんですね。
それこそ孫やら娘達に小遣銭をやってね、喜ぶ顔を見たいと思うて与えたのだけれども、反対にそれが押し返されてきた。そして結局どげんかと言うと、もうあんたどんにゃやらん。もうほうれん草なんでん、もうこりゃあやらんち。こりゃ隣と分けち貰おうと思うちから持って来たばってんからち言いよんなさるですもん。もうほんに、もうたったこん位の野菜ばちかり、又その娘、孫娘さんとが、まあ言いなさるような、そのもようを聞かせて頂きもろうて、今にその情景が、私は忘れられません、ね。
そのお婆さんが、今日はね、まあ言うならば孫娘やら娘やらに、お金の少しでもやって喜ばせようと、そして自分が喜ぼうと思うとるけれども、神様が喜ばせなさらない。かえって反対。それはどういう事かと言うと、丁度その日が牧のあちらの方では、その敬老会があった日だったらしいです。それで、あのう今日はもう、あのう送ってこんでよかつに敬老会にどん行きゃあよかとこれち言うちから、言いよんなさったですが、そのお婆さんの言うこつがよか。あげな小(こう)まか子供どんが踊ったりなんかするのば、あげんとば見たっていっちょん面白なかち言うちから、言いよんなさる。
ね、人が喜ばせようとする時に喜ぼうともしない。今度は自分が喜びたいと思うても今度はその喜ぶ事すら許されないという、そういうまあちょっとした情景を見せて頂いて感じた事ですけれどもね、喜びというものは喜ぼうとして喜べるものではない。ね、神様からやっぱり許されるもの、頂くもの。又は、真心をもっての人が喜ぶ事の為の生き方というものは、その喜びは必ずこちらへ返ってくる。初めて喜べれる。
私は、今日の御理解はね、この喜びを持たなければ出来る事じゃないと思うです。ね、井戸は清水になるまで病気災難は根の切れるまで、その根の切れるまで、言うなら信心辛抱というものがね、只その苦しいから一生懸命にお縋りするだけの事ではなくてです、心にそういう喜びがあって、まあ、やれ痛や今霊験をという心と言われますからね、やれ痛やと思うような時には、いうならば病気災難の根が切れる事の為の働き。
いうなら井戸替えで言うならば、汚い水やら、いろんなものが上に上がっておる時ですからね、やれ痛や今霊験をという心とおっしゃる。だから、やれ痛や今霊験をという、その心がねなからなければね、いわば長続きがでけません。
只何とはなしに、長年信心をしておるだけのものではなくて、やはり今申しますように信心の喜び、信心の喜びというものは与えられるもの、いや向こうから照り返ってくるもの。そこに言うならば一心とか真とかいうものが信心には求められる訳です。又、その喜びなしには、ね、人間信心しとるからお天気の日ばっかり、良い事ばっかりという事じゃありません。
どんな場合であっても、それこそ喜びひとつで開けた道とおっしゃるようにね、喜べる為にはね、いわば自分、どうしたなら喜べるだろうかと、自分が喜びたいと思うてじゃなくて、いうなら人に与える喜び。ね、神様に喜んで頂く信心。そこから、こう期せずして喜びというものは返ってくるものであるというふうに、まあ思います。
昨日は竹葉会でしたが、皆さんの発表を聞かせて頂いて、もう一人一人の話が、リズムに乗りに乗ってのお話でした。そのリズムに乗りに乗ってのそのお話を聞きながら、又今日の御理解に思います時に、リズムに乗りに乗っての私は事でないとね。
言うならば、それは良い事悪い事難儀な事もありますけれども、それがリズムにのってですから、私は受けよい、頂きよいというふうに思います。
ね、いうなら合楽で言われる成り行きをいよいよ大切にしていくというような生き方をですね、いよいよ身に付けて、いわば期せずして心の中に喜びが頂けれる、その喜びをもってしないと受けられない事がある。信心の道理を聞き分からして頂くとね、大体はお礼を申し上げられない事に不平を言い不足を言うたりしておるのですから、ね、そこの道理が分かって、分かっただけでは喜べない。ね、それを合楽理念の実験実証という事は、兎に角神様に喜んで頂くような生き方、又は商売人であるならば、お客さんに喜んで頂くという事だけを思うていくという生き方からね、言うならお客さんからお礼が言うてもらえるような、もし商いやら商売が出来たら、それこそ商売人のいわゆる冥利に尽きるというものじゃないでしょうかね。信心さして頂く者の冥利に尽きる、私はおかげというのは、ね、与えられる喜びだと思います。どうぞ。